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『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』

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つい先日、エヴァンゲリオンの新劇場版Qを見てきました。
朝の9時からわざわざ足を運び、ワクワク楽しみにいざ、観てみたのだが。。。。。。


ポカーン



先に言っておくと私は、エヴァの熱心なファンではありません。
なので、今回も序破の予習していった方がいいかなーと感じながらも、まあいっかてなりました
そしたら案の定


ポカーン


でしたよね。あっそういえば本記事にはネタばれが含まれますので、ネタばれが嫌いな方は今!!お引き返しを!!



とはいっても、破がかなりエンタメ要素で楽しかった覚えがあったので、今回もそうだろと思って観に行ったのですが、まじで何も分からなかった。
まあ、、、
・アスカの精神汚染
・綾波の救出
・カヲル君の破での最後の台詞


を完全に忘れていたくらいに、本当に舐めた態度で観に行ったので、そりゃ何もわからないわ。
とりあえず、本当に何もわからなかったので、帰ったらさっそくいろいろな考察をネットで調べました。


綾波の救出なんて、物語の根幹なわけでこれを忘れて観に行った私は、お前何しに行ったんだ?状態です。



そんでネットで考察を見てると、どうやら今回のQは世界がループしている内の一部という説が持ち上がっているらしい。当然、予備知識ほぼゼロの状態で観に行ったは、劇中そんなことを疑う余地もなく、ポカーン。

なぜループか、というと、『破』の劇中のラストシーンでカヲルくんが、シンジに対して「今度こそ君だけは幸せにしてみせる」という台詞を言ったそうな。
まだ会ったこともないのに「今度こそ」って台詞どう考えてもおかしい。
だから実は世界は何度もループしていて、カヲルくんはその中でループしてる記憶を保持しているから、シンジに会ったのは初めてではないのでは?というのがループ説の根拠。ループしている中で一人記憶を保持しているのは、やはりアダムの魂の影響だろうか?
まあ、それでどのように世界はループしているかというと、現在はいくつか説がありまして、、、

①Q⇨序⇨破
②旧劇⇨Q⇨序⇨破
③序⇨破⇨Q

③はループではなくそのままストレートに、発表順に時間が進んでいる説。
ここで注目したいのは②。

なんと旧劇を混ぜたループ説まである!!
個人的には、どのような形にせよ、ループ説はほぼ確定なのでは、と思っています。
③の説だと、Qでのカヲルくんのシンジに対する態度は少し変だし、なによりピエロ幸せに出来てないじゃん、という。


では、どのようにループしているのか?旧劇も混ぜたループ説はかなりおもしろそうだな、と思い、さっそく旧劇も見返してみました。。。。。



【新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に】
しかし、久しぶりに旧劇を見た感想としては、、、、、感動した!!
あれで感動するか?と言われそうですが、なぜ感動したかは、後で。。。。
まず先に旧劇を交えたループ説について。


これは説としてはかなりワクワクしますが、ないのでは?と思います。
そもそも旧劇前のテレビ版でカヲルくん、もうシンジと会ってるし。しかも死んでるし。それなのにQでまた出るのおかしいでしょ。
そしてシンジ君、初号機の中に取り残されてないし。ちゃんと外にいるじゃない。
後アスカの負傷部位の一致を根拠にループという説が展開されていますが、、、、、、シンジくん、アスカの負傷理由わかってるはずでしょ。旧劇のループなら。それなのに「その眼帯どうしたの?」の台詞は違和感がある。。。。


Qがループなのは間違いないかと思いますが、旧劇は関係なさそう、、、、というのが旧劇を見て受けた印象。。。。。




それで、ループの話はもういいので、なぜ感動したか。


【シンジくんの話】
シンジっていじいじしてるし、自分のことしか考えてないし,しかも最後まで人間的に成長はあまりしていない
でもさ、人間ってそんな簡単に成長しないのよ。それに、、、、、あいつ中二だよ?という。
なんというか、エヴァは26話かけてシンジの本当にちょっとした、本当に本当にちょっとした前進を描いているのだな、、、、と。しかし、そこが逆にリアリティがあるのです。


主人公として、むかつくところ、自己中心的なところありますが、中二であのような運命を辿ってるという背景もしっかり理解してあげなきゃな、と思いました。


TV版でも、一度エヴァに乗らないことを決意した時、加持さんに「サードインパクトが起きれば全員が死ぬ」と言われて、、、、、
しかし、エヴァのパイロットは三人だけ。替わりがきくものでもない。
自分が戦わなければ、自分含め全員死ぬ。

代替不可能な存在であることをシンジは望んでいたのだが、それにしても中二が歩むにはあまりに酷な運命。


旧劇でも、ミサトさんには「ここで乗らなければ一生許さない」とまで言われて。。。。。。


大人達は皆シンジに対して、「自分で決めるんだ」とは言ってますが、状況からして選択肢はあってないようなものなのです。



しかし、一方で誰も替わりがいない、自分が必要とされている状況はシンジ自身も望んでいることでもある。
小さい頃父親に捨てられて、愛されてない、誰にも必要とされてないシンジは、皆に必要とされていることに強く飢えている。


エヴァに乗ることによって、皆に必要とされ、心も満たされる。しかし、逆に言えばエヴァに乗っていなければ結局自分は必要のない人間なの?という疑問も湧くわけですよ。
結局完全に心が満たされることはないのである。




彼は人間関係をエヴァを通してしか作ってこなかったのも、また印象的。
トウジにしても、エヴァに乗っていなければシンジは友達にはなれなかった。ネルフの人々に関しては、エヴァのパイロットでなければ、人生で交わることもなかったであろう。
エヴァを通していろいろな人に出会い、いろいろな人間に必要とされるも、結局それは全部自分がエヴァのパイロットだからなのです。
結局シンジは孤独なのです。


利害のない関係を築いたことがないのだから。それがサードインパクトが起きて、補完が始まった時のイメージにも表れている。
アスカに対して「何か役に立ちたいんだ。」という台詞。


役に立つ代わりにぼくにかまってよ!!


ということです。相手の役に立ちたいと思っているわけではなく、その見返りが欲しいだけなのです。
実際、アスカが量産エヴァに襲われていても、助けにいく行動を起こさなかった。
無償の愛を求めながらも、自分自身利害をちらつかせてしか、他人と接することができない
だって、エヴァにのっていない、役に立ってない自分は無価値だと思っているから



無償の愛なんか誰もくれない。結局エヴァに乗っていることしか、自分は価値はないんだ。


曖昧な言葉で誤摩化しているだけ

というシンジの言葉も印象的。ミサトも加持も、まるでシンジくん自身が必要でエヴァがどうとか関係ないかのような言い方をする。そうやって曖昧な言葉で誤摩化すけど、結局エヴァに乗ってなければ、いらないんだろ、とシンジは思う。
そのように甘い言葉で、綺麗に見せているだけ。しかし、かといって真実を知るのは怖い。
真実を知って、本当に自分はエヴァに乗っていなければ価値がない、と突きつけられるのが怖い。


でも、一方でシンジは皆の裏に潜む真実に期待もしている。本当に、皆が自分のことがエヴァとは関係なく好きであることを期待もしている。



だが、問題はその真実はどのようにしても知りようがないのである。人は自分の心の中を見せることは出来ないし、見ることもできない。
だから、皆が「エヴァとは関係なくシンジが好き」と本気で言っていたとしても、それはシンジ側からは確かめようがないのである


そして、相手が胸に秘めている真実はどのようにしても確かめようがない。それが他人の恐怖である


相手の考えていること、自分に対する気持ちなんて100%知ることは出来ない。もし、真実を告げていたとしても、シンジはそれを曖昧な言葉と言うだろう。


しかし、先程、シンジはエヴァを通してしか他人と接したことがないと言いましたが、、、、、
カヲルくんを思い出してみよう。使徒であるカヲルくんにとって、エヴァのパイロットという立場は、むしろ敵なはずなのである。つまり、カヲルくんだけは、エヴァのパイロットという立場とは関係なく、シンジと接したのである。
皮肉であり、哀しい。。。。。



【アスカの話】
旧劇はほとんど、シンジとアスカの話。アスカは旧劇における主人公の一人と言えます。シンジと同じく孤独であるアスカ。
しかし、アスカはシンジと違って、他人の真実に期待はしていない。彼女は、他人は自分を無償には愛してくれないことをわかっている


シンジは、エヴァに乗ってないぼくには価値がないんだろ!?


と呼びかける。
しかし、アスカは、自分がエヴァに乗ってなければ価値がないのは当然だと考えている。
他人は自分を無償には愛してくれない。自分がエヴァに乗っていなければ価値はないのは当然。
弱くてはだめなんだと。強くなければ、そもそも存在価値なんてないと考えている。


弱いと他人に依存しなければいけない。
だから、強くなる。強くなれば、その強い部分は少なくとも認めてもらえる。他人に、自分を認めて!!と叫ぶ必要もなくなる。


しかし、アスカはシンジに戦闘においても抜かれ始まる。強くなくなっていく
そして、実際に弱くなってから、精神汚染されていても、自分のことを誰も助けてくれない。それなのにレイが危険に瀕している時は、助けが入った。

弱い自分にはやはり価値はない、ということを思い知らされる。自分でもわかっていたこと。だから弱くてはいけない。まけてはいられない


強いことによって、孤独であろうと、自分を保っていられた。しかし、弱くなって、孤独な上に弱いという状態に追い込まれて、精神が崩壊してしまう。


ミサトもシンジもファーストも嫌い。でも自分が一番嫌い。
誰も自分のことを無償には愛してはくれない。でも、それは前からわかっていたこと。だから、強くなければいけなかった


アスカは他人に期待してはいない、だから他人が自分の思う様にいかないのは当然のことである。強くない自分が悪い。
というのがアスカの思考


アスカにしても、シンジにしても、母からの無償の愛を受けていないこの二人は、愛情に飢えている。
それでいて、愛情を信じることも出来ない。



旧劇の中で特にアスカの至高の名言だと感じるのは、


「あんたが全部私のものにならないのなら、私、何もいらない」


アスカは嘘をつかない。どこまでも自分の気持ちに正直である。どこまでも自分勝手である。
曖昧な言葉を並べて上辺だけの付き合いはしない。他人に期待していないから。




無償の愛を受けたことのない二人。愛情に飢えている二人。

そんな二人のちょっとした成長の物語。
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